小野寺燃料

札幌の住まいと暮らしの情報誌「Sun Clover」vol.33
~ろき通信 vol.71~

山内 太陽 (やまうちたいよう)の制作現場

 画家の山内太陽さんは、3年ほど前からの知り合いです。実はそれよりも前に、知人から「おもしろい絵を描く人だよ」と教えてもらっており、すでに画家としての山内さんの存在が頭にインプットされていました。後に、作品とは関係のないところで山内さんと出会ったため、本人から絵を描いていることを聞くまでの1年半くらいは、私の中には違う2人の山内さんが存在していたのです。今回は2人の存在を統合するという、不思議な経験の取材になりました。

一度知ったうれしさや楽しさを追いかけている

 昔から絵を描くのが好きだった山内さんは、「父の影響が強かった」と語ります。彼の父は、建築の図面を描く仕事をしていました。当時はパソコンではなく手作業で書いていたので、青焼きを出すたび、自宅に紙が山のようにあったそうです。幼少時はそれを使って絵を描いていたので、このころから絵を描くことが普通になっていたのかな、と話します。

 ほかにも、画集や写真集などの資料が普通の家庭よりも多かったかもしれないし、美術館などにも連れて行ってもらっていたそう。それらを思い出すと、父のおかげで、恵まれた環境にいたのだと再確認していました。

 もうひとつ、こんなエピソードがありました。中学生のころ、自動車の走り屋を題材にした漫画とアニメの『頭文字D』が好きだったという山内さん。友人と自動車の解体屋に行ってエンブレムをもらったり、自転車の塗装をはがしてスプレーで色を塗り直したり、自動車の改造雑誌を見てはワクワクしていたりしたそうです。取材中、自分の芯は「一度知ったうれしさや楽しさを追いかけていること」だと言っていたのも、日々夢中になって追いかけていたことがすべてつながっているように感じました。  彼は現在、仕事をしながら絵を描き続けています。札幌駅の隣、苗穂駅近くの「naebono(なえぼの)アートスタジオ」にアトリエを持ちました。アーティストが中心となって運営している、とてもおもしろい場所です。ここで作家として制作することは、刺激も多いと思うので、今後の山内さんの作品にどういった影響が出るか楽しみです。このスタジオについては、また別の機会にご紹介したいと思います。

 幼少期から現在までのお話をいろいろと聞かせていただいていると、山内さんから何度も「普通」という言葉が出てきました。この「普通」というのは、無理をしないことでも、ただそこにあることでもないのかもしれません。絵を描き続けることは大変だけれど、彼の生活には絵を描くことが近くにあったから、これからもそれを続けていけるための人生を選択するのが、山内さんの絵との向き合い方なのではないか。そう思えるような、力強さを感じました。描きかけの作品からも、「絵を描くのが楽しい」という気持ちが伝わってきて、まさに「一度知ったうれしさや楽しさを追いかけている」のだと思いました。

 たまに宙を見ては何かを思い出し、「あれもこれも、自分が絵を描き続けられていることにつながっていたんだ」と、自分の気づきにも驚きながら、優しい笑顔で話してくれた山内さん。作品が発表される機会が待ち遠しいです。

「ヴァニ・るるⅡ」
※「ろき通信」は小野寺燃料が情報誌で10年以上継続しているアートレポートです。
北海道出身や札幌拠点で活動する現代アートの作家たちをご紹介しています。

山内 太陽/画家

1987年札幌市出身。
2010年北海道教育大学岩見沢校芸術課程美術コース油彩画研究室卒業、グループ展「In to Out-内から外へ-(HOKUSEN GALLERY IVORY)」、2013年第88回道展(札幌市民ギャラリー)入選、JRタワー・アートプラネッツ・グランプリ(札幌JRタワーエスタプラニスホール)入選、2014年第89回道展入選、2015年第90回道展入選、2017年第92回道展入選、2018年JRタワー・アートプラネッツ・グランプリ入選、第93回道展佳作賞。

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