小野寺燃料

札幌の住まいと暮らしの情報誌「Sun Clover」vol.36
健康と平和~巷の健康法を調べてみる~【第25回】

ねぇムーミン

 禁煙して14年が経過した。以前はチェーンスモーカーだったから、タバコを吸う人に対してそれほど敵意は抱いていない。だが、タバコを吸わなくなると、タバコの煙に弱くなりニオイに敏感になるのだ。席を外して戻ってきたホステスさんが、あっタバコ吸ってきたな、とわかる。別にクンクンしているわけではないよ。

 子供の頃、タバコのニオイは大人のニオイだった。大学1 年の時、女の先輩が白く長い指でハイライトを吸う姿を、カッコいいなぁと眺めていた。政治学科だったその人の後ろをよくついて歩いたが、その長い髪にタバコのニオイはしなかった。別にクンクンしていたわけではないよ。

 あの頃は、友達のアパートで酒を飲み、彼が弾くギターで五輪真弓の『煙草のけむり』を熱唱していたりした。昭和の学生にとってカラオケは贅沢だった。大学1年生は18歳である。昭和のルールでは、大学生の飲酒も喫煙も黙認されていた。

 そういえば、あの先輩のタバコの吸い方は、昔の映画に出ていた若い頃の岸田今日子さんに似ていたな。岸田さんは、僕が子供の頃はムーミンの声をやっていた。

 アニメ『ムーミン』に出てくるスナフキンは、いつも長いパイプでタバコを吸っていた。僕が観ていたスナフキンは大人だったが、平成になって放送された『ムーミン』では子供になっていた。『ムーミン展』で原画を見るとスナフキンはどうも大人じゃないようだが、タバコは吸っている。原作者のトーベ・ヤンソンは相当な愛煙家で、原作当時のフィンランドは未成年の喫煙におおらかだったらしい。それでも昭和のアニメーターは、子供がタバコを吸ったり放浪したらまずいべと、スナフキンの背を伸ばし大人のようにしてしまったらしい。平成版で子供に戻したので、タバコは20 歳になってからとパイプを取り上げた。

 昭和のムーミンパパはいつもパイプを咥えていたが、平成のパパは手ぶらのまま帽子をかぶっている。ムーミンママに禁煙を強く命ぜられたのか、それともムーミン谷が全面禁煙となったのか。時は流れ、時代とともにルールは変わるのである。

中川順一
諏訪書房代表、ライター。
小野寺燃料非常勤取締役。
1960年生まれのメタボ中年。

コレでやめました禁煙パイポ

 サラリーマン風の男が小指を立てて「私はコレで会社を辞めました」と言うCM が大人気となったのは1984年のこと。縁日で売られているハッカタバコもヒントに、愛煙家の口唇欲求を満たしつつ減煙・禁煙をさせようという『禁煙パイポ』はロングセラー商品となった。商品はライターを扱うマルマンの子会社・アルマンが売った。喫煙具の会社が禁煙具を直接売ったらまずいと思われた時代。CM も当初、女性団体の抗議を恐れたテレビ局が拒否反応を示したという。このまま受動喫煙対策が進めば、会社をやめる原因のコレは、タバコそのものになるかも。

※このコラムは特定の健康法やダイエットを推奨あるいは否定するものではありません。