ひととせコラム【37】   札幌の住まいと暮らしの情報誌「Sun Clover」vol.37

杉の花の季節に

 新しくできた東京の新国立競技場には、各県の木が使われている。北海道の木は、もちろんエゾマツである。オリンピック2020のマラソン競技は、札幌で行われることになったが、エゾマツも映してほしいものである。

 県の木は、松が9県、杉が6県である。松や杉は、春になると黄色く小さい花を咲かせる。特に杉はわが国に古くからあった常 緑の針葉樹で、神が宿るとされる神聖な木でもあった。万葉集にも「古の人の植えけむ杉が枝えに霞たなびく春は来ぬらし」がある。「杉の花」は俳句の季語にもなっている。たとえば、「ただよへるものをふちどり杉の花」(富安風生)、「海へ飛ぶ勿来の関の杉の花」(堀古蝶)などがある。

 杉の花は、春先に雄蕊の黄色の花粉が飛ぶ。最近では、「花粉症」が春の季語にとって代わりつつある。本州や九州では、例年3月初めから、ゴールデンウィークあたりまでが杉花粉、次が檜花粉となる。いまや国民の半数近い人がこの症状に悩んでいるという。

 ところが北海道と沖縄は、杉花粉症と縁がない。北海道は、もともとエゾマツ、トドマツ、アカマツなどの針葉樹林帯で、人工 林が少なかったからだ。しかし、最近は北海道でも広葉樹が増えている。シラカバの花粉でアレルギーを起こす場合もあるようだ。

 わが国の国土の7割は森林である。荒廃した山地に戦後植林されたのは、成長の早い杉と檜であった。それが今や成木となった が、材木の価格が下がり、伐採利用されなくなった。林業に携わる人も減った。このため、春先に杉や檜の花粉の飛散が多くなったといわれる。わが家も関東平野のど真ん中にあるので、杉や檜の林に囲まれている。春に強い風が吹くと、黄色の杉花粉が大量に飛ぶ。筆者も花粉症に悩む一人で、以前ゴルフをしていたときなどは大変だった。本州の各地では、春に耳鼻科の医院が大繁盛となる。

イラストレーション:山本重也
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 このように、最近では敬遠されがちな杉の木であるが、日本では昔から大切にされ、身近な木であった。秋田杉、神宮杉、吉野杉、熊野杉、屋久杉など有名な杉の産地もあった。比較的柔らかで、加工がしやすい。しかも成長が早く、大木になる。古くから神社仏閣の柱になるのはもちろん、一般家庭の建築材料などにも用いられてきた。間伐材は割りばしなどに使われ、葉は線香の原料になる。

 最近の研究によると、杉の木には大気の浄化、調湿、リラックス効果があるとされる。奈良正倉院の唐びつには杉材が使われてきたという。筆者の勤めた醤油会社や酒造会社などでも、醸造には大きな桶が必要で、液体を運ぶ容器は杉材であった。杉桶には、醸造に欠かせない麹菌や酵母が住み着いてくれた。ちなみに、宮内庁に納める醤油の仕込み蔵では、いまも杉桶を使っている。また、酒や醤油の会社では、「杉玉」という丸い杉の飾りを軒につるし、醸造の無事を祈った。

 令和元年6月、愛知県下の全国植樹祭で、天皇陛下は杉と楠の苗木を植えられた。日本の森林保全や緑化には、杉もなくてはならない。先人たちは豊かな雨や雪を活用し、見事な杉林を育ててきた。杉を毛嫌いせず、全土に広がる森林をバランスよく管理し、もっと活用することこそ大切ではないかと思うのである。

大森清司(おおもりきよし)|1937年8月千葉県野田市生まれ。1960年中央大学法 学部卒業。1960年野田醤油株式会社(現キッコーマン)入社。営業企画部長、デルモンテ事業部長などを経て、1994年取締役就任。2002年代表取締役専務として全国の営業を統括。2010年退職。この間、日本マーケティング協会マスターコースマイスター、全国トマト加工品業公正取引協議会委員長、学校法人中央大学理事などを歴任。著書に『私のビジネス春秋』『春秋余情』『春秋高く、しなやかに』『ひととせを紡いで』(諏訪書房)。趣味は読書、詩吟。

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