小野寺燃料

札幌の住まいと暮らしの情報誌「Sun Clover」vol.36

雪はさまざま

 北海道の秋は足早に去り、「秋分の日」のころになると、大雪山系旭岳では初冠雪となることがある。手稲山や中山峠でも10月下旬に雪が降ることが多い。旭川市には全国的に有名な旭山動物園があるが、旭川市科学館もある。科学館のショップでは、いま雪の結晶のレプリカが人気だという。これは、旭岳の雪を採取してつくられたアクリル樹脂の雪である。画像で見ると、綺麗な六角系の結晶である。また、石川県加賀市の片山津温泉には「中谷宇吉郎 雪の科学館」がある。中谷博士は加賀市出身の北海道大学教授で、世界的な雪の研究者であった。そして優れた随筆家であり、「雪は、天から送られた手紙である」との名言を残している。同科学館の展示を見ると、雪は必ずしも六角形ばかりでなく、針状、柱状、三角形、八角形など、さまざまな形があることがわかる。しかし、代表的な雪の結晶は、やはり六角形である。

 俳句などでは、雪のことを「六の花」(むつのはな)と呼ぶことがある。北海道の銘菓マルセイバターサンドをつくる帯広市の「六花亭」の名もこれに由来するようである。正月の雪をめでたく「お降さがり」と呼ぶこともある。小林一茶には「御お さがり降の 祝儀に雪も ちらりかな」という句がある。また彼は「うまそうな 雪がふうわり ふわりかな」とも詠んでいる。一茶は江戸や信州の柏原に住んでいたので、北国の人とは違って雪を面白く表現している。

 筆者が住むマンションは千葉県北部にあり、冬ともなれば、南のベランダから冠雪した富士山がよく見える。そして毎朝起きると、東側の書斎の窓のブラインドを開けては筑波の峰に挨拶する。筑波山は標高877メートルと高い山ではないが、関東平野の唯一の独立峰である。だから古来富士山と並んで、筑波の峰の名は有名である。万葉集の時代から、筑波をうたった多くの「東歌」がある。たとえば、万葉集巻14には「筑つ くばね波嶺に雪かも降らる否いなをかも 愛かなしき児ころが布に の ほ乾さるかも」がある。おや、筑波の峰に雪でも降ったのかな。いやいやそうではあるまいな。あれはきっと愛しいあの娘が、真っ白な布を洗って乾したのではないか。



イラストレーション:山本重也
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 新古今和歌集を編んだ藤原定家には、傑作とされる和歌がある。「駒とめて袖打ち払ふ影もなし 佐野のわたりの雪の夕暮」である。馬から降りて袖に積もった雪を打ちはらおうとしても、物陰すらない。佐野の渡りの夕暮れのことであった。謡曲では有名な「鉢の木」があるが、下しもつけのくに野国(栃木県)の雪の佐野の渡りが舞台である。京都に住んだ藤原定家がはるばる下野国まで旅をしたとは思えない。調べてみたら、この歌が詠まれたのは、どうやら和歌山県新宮市内の佐野らしい。和歌山の雪は、北国のような粉雪ではなく、べたつく牡丹雪だったろう。だからこそ、袖の雪を払うも簡単には落ちない。藤原定家は、近現代の中谷先生に劣らぬくらい鋭い観察眼を持っていたというべきか。雪は時代、季節、土地によっても、いろいろと違いがある。そして、雪の姿かたち、名前、思い、苦労はさまざまである。雪は「とけて流れりゃ、みな同じ」というわけではないのである。

大森清司(おおもりきよし)

1937年8月千葉県野田市生まれ。1960年中央大学法学部卒業。1960年野田醤油株式会社(現キッコーマン)入社。営業企画部長、デルモンテ事業部長などを経て、1994年取締役就任。2002年代表取締役専務として全国の営業を統括。2010年退職。この間、日本マーケティング協会マスターコースマイスター、全国トマト加工品業公正取引協議会委員長、学校法人中央大学理事などを歴任。著書に『私のビジネス春秋』『春秋余情 私のほどほど人生』『春秋高く、しなやかに シルバー・ボーイズ、ビー・アンビシャス!』(諏訪書房)。趣味は読書、詩吟。

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