サンクローバー vol.20|ひととせコラム|小野寺燃料株式会社

札幌の住まいと暮らしの情報誌「Sun Clover」

イラストレーション:山本重也 http://www.shige-web.com/

ひととせコラム 小春日和から冬将軍登場へ

 近年、秋の季節が短くなってきたといわれる。地球温暖化によるものか、夏の暑さが猛烈で長く居座り、急に秋霖がやってきて、やがて冬の寒さが訪れる。とりわけ北海道の秋は足早に去って、9月ともなると大雪山系旭岳では「初冠雪」が報じられる。晩秋になり、晴れた空がにわかにかげり、さっと雨が通ると「時雨」の季節となる。旧暦の10月は、いまの11月末から12月初旬にあたるが、「小春」と呼ばれた。いったん寒さが訪れた後、よく晴れて春を思わせる陽気がくると、今も「小春日和」と言われる。この表現は、『徒然草』などにも見えており、奥ゆかしく包み込むような響きがある。島崎藤村も『千曲川のスケッチ』のなかで、「秋から冬に成る頃の小春日和は、この地方での最も忘れ難い、最も心地の好い時の一つである」と述べている。

 季節はめぐり、やがて「木枯らし」も吹き、霜も降り、雪も舞ってくる。シベリアあたりから渡り鳥たちもやってくる。そしていよいよ厳しい冬が各地に訪れる。詩人・彫刻家の高村光太郎に『冬が来る』という有名な詩がある。「冬が来る、冬が来る。魂をとどろかして、あの強い、鋭い、力の権化の冬が来る」という一節がある。まさに冬将軍の登場である。冬将軍は、春や秋の風のように緩やかに吹かず、突如として軍隊のようにやってくる。それもそのはず、冬将軍という言葉は、戦争に関わっている。1812年、ナポレオンがロシアに攻め込んだが、厳寒のため撤退を余儀なくされたことに因んでいる。これを報じたイギリスの新聞が、この年の寒さを「ジェネラル・フロースト」とたとえたのに由来するという。

 通常12月ともなれば、日本列島は細かい縞模様の西高東低の気圧配置になる。日本海側の湿った空気が、日本の脊梁山地にあたり大雪となる。まだ冬の備えが十分できてないから、急な積雪や突風で、人々は戸惑う。台風なみの「爆弾低気圧」がくることすらある。しかし、視界が失われるような「ホワイトアウト」などは御免こうむりたいものである。

 海洋性気候の日本では、冬将軍が訪れる季節であっても、各地で色とりどりの風物詩が見られる。日本の冬の季節は、寒いばかりでなく、この季節ならではの祭り、風習、味覚がある。その代表に「さっぽろ雪まつり」がある。例年2月初旬に開幕し、大小200基以上の雪像や氷像が並ぶ。秋田・横手の「かまくら」や、新潟の「十日町雪まつり」も長い伝統がある。北陸には、冬に雷がとどろき、「鰤起こし」で美味しい鰤が取れる。長野・伊那の寒天づくり。山梨の枯露柿づくりもある。関東でも木枯らしが吹けば、沢庵つくりが始まる。温度管理が難しかった時代には、酒や醤油も「寒づくり」が理想とされた。

 今年の芥川賞に輝いた又吉直樹の『火花』に「昔は人間も動物と同様に冬を越えるのは命懸けだった。多くの生物が冬の間に死んだ。その名残りで冬の入口に対する恐怖があるのだ」という一節があった。文明が進んだおかげで人類の衣食住は、豊かになった。江戸時代になると「冬男に、夏女子」という言葉があった。これは、男性は年末年始などで威儀を正してきりっとした格好をする。女性は夏になると、はんなりとした浴衣姿になることを表現したものである。近頃の夏はクールビズが一般化し、冬の年始の挨拶などの服装も簡略化されている。したがって冬季となっても、衣食に関しては心配ごとも減ってきた。ただ、冬将軍が訪れる冬季の住生活、特に防寒や温度調節などは、おろそかにできない。北海道でも、関東などより冬将軍対策が進んでいるとはいえ、交通や住まいの対策はきちんとしておくことがおすすめである。

大森清司(おおもり・きよし)

1937年8月千葉県野田市生まれ。1960年中央大学法学部卒業。1960年野田醤油株式会社(現キッコーマン)入社。営業企画部長、デルモンテ事業部長などを経て、1994年取締役就任。2002年代表取締役専務として全国の営業を統括。2010年退職。この間、日本マーケティング協会マスターコースマイスター、全国トマト加工品業公正取引協議会委員長、学校法人中央大学理事などを歴任。著書に『私のビジネス春秋』『春秋余情』『春秋高く、しなやかに』『ひととせを紡いで』(諏訪書房)。趣味は読書、詩吟。

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