小野寺燃料

札幌の住まいと暮らしの情報誌「Sun Clover」vol.29
~ひととせコラム【29】~

桃の花によせて

 来年の5月に、いよいよ天皇がおかわりになる予定であり、皇室の新時代が始まる。皇族方には個人ごとに、シンボルとしての「お印」がある。男性は樹木、女性は花である。春の花である桃を選ばれたのは故香淳皇后(昭和天皇の后)、花桃を選ばれたのは三笠宮妃信子様である。日本の文学では、昔から桜や梅とともに、桃も詠われてきている。たとえば、大伴家持の代表作に「春の苑 紅匂ふ桃の花 下照る道に出で立つ少女」という歌がある。桃といえば少女を連想するのは、おそらく中国文化の影響もあったのであろう。中国最古の詩集である『詩経』には、「桃夭」という有名な詩がある。


桃の夭夭たる 灼灼たる其の花 

之の子 ゆきとつがば 

其の室家によろしからん



 桃の木は若々しく、花は燃え立つように輝いている。この娘子がお嫁にいけば、その婚家にさぞふさわしいことだろうよ……。そして、この古詩では、その実、ついでその葉を称えている。欧米の桃の花言葉にも、「健やかな成長」「気立ての良さ」とあるが、まさに東西共通である。

 桃は、梅や桜などと同じくバラ科の植物で、花びらは五弁である。原産地は中国。桃には主として果実をとるための桃と鑑賞用の花桃がある。花桃では、長野の阿智村が有名である。栽培される桃の多くは、果実をとるための品種である。若いころ4年間ほど、山梨県のワインの銘醸地・勝沼にあるワイナリーに勤務したことがある。甲府盆地では、4月になると桜、桃、あんずなどが一斉に花を開く。このワイナリーは、一面のブドウ畑と桃畑に囲まれていた。春になると、周りはさながら「ピンクの絨毯」のようであったことを懐かしく思い出す。今も毎年3月末から1カ月ほど「桃源郷祭り」が開かれ、人々でにぎわう。そして桃の節句といえば、3月3日である。女の子の健やかな成長を祝う行事で、かつては「上巳の節句」と言われた。古く平安のころから、旧暦の3月上旬の巳の日に、紙の人形を作り、穢れをそれに移す。そして川や海に流し、祓いを行った。この風習は、「流し雛」と言われ、今も各地に残されている。


イラストレーション:山本重也
http://www.shige-web.com/

 ひな人形が広く飾られるようになったのは、江戸時代以降のようである。新暦では、ひと月遅れて祝う地方も多い。ひな祭りのお供えには、菱餅、ひなあられ、白酒などがある。最近では、女の子のいる家でも、この風習は廃れている。私の住む千葉県北西部からほど近くにある岩槻は、江戸時代から日本一の「人形の街」として有名である。合併により、今は埼玉県さいたま市の一部になっているはずである。現在も70軒もの人形店が残る。毎年3月になると、旧家などがひな人形を公開する「まちかど雛巡り」が行われている。また、町おこしの一環で、古民家や神社などで雛飾りや「つるし雛」を飾る地方も増えている。そうして、桃の花が散って、ふっくらとした桃の実がなるころ、今度は「子供の日」で、またお祝いをしてもらえばよい。5月5日は、もともと田植え前の女の子の行事だったという説もあるのだから。

大森清司(おおもりきよし)

1937年8月千葉県野田市生まれ。1960年中央大学法学部卒業。1960年野田醤油株式会社(現キッコーマン)入社。営業企画部長、デルモンテ事業部長などを経て、1994年取締役就任。2002年代表取締役専務として全国の営業を統括。2010年退職。この間、日本マーケティング協会マスターコースマイスター、全国トマト加工品業公正取引協議会委員長、学校法人中央大学理事などを歴任。著書に『私のビジネス春秋』『春秋余情 私のほどほど人生』『春秋高く、しなやかに シルバー・ボーイズ、ビー・アンビシャス!』(諏訪書房)。趣味は読書、詩吟。

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