小野寺燃料

札幌の住まいと暮らしの情報誌「Sun Clover」vol.27
~ひととせコラム【27】~

おいしい秋みつけた

 今年の夏は、酒税法の改正でビールの売値が上がり、愛飲者にとってはうれしくない季節になった。しかし、秋の到来も間近である。デパートなどの流通業界では、秋に流行しそうな新商品を発表するのも早い。コンビニでも8月末にはおでんを売り出す。今どこのコンビニでもおでんが一番売れる季節は、9月から10月だという。店頭には早くも「おいしい秋」が訪れる。大阪の道頓堀には「たこ梅」というおでんの名店がある。ここでは「かんとだき」と呼ばれる。江戸っ子はせっかちで、すぐに食べられる料理が好きだった。おでんは「御田」に由来し、京都祇園の花街で、豆腐の味噌田楽を売りだし、人気を呼んだという。だから昔は必ずしも安い庶民の味ではなかったかもしれない。その後各地方に普及し、北海道では道産の昆布だしや味噌仕立てがあるようだ。

 サトウハチローの歌に「ちいさい秋みつけた」という童謡がある。「だれかさんがみつけた ちいさいあきみつけた」ではじまる、少しメランコリックな初秋の詩である。秋になると、一人静かに物思いにふける人もいれば、夏の疲れを癒そうと、おいしいものをたくさん食べようという人もいるだろう。江戸の昔から、秋の味覚の代表は、サンマであった。サンマは、代表的な回遊魚で、夏にオホーツク海などで育っ て、秋になると産卵のため南下する。8月末に北海道でとれはじめ、10月ごろに千葉県の房総沖に達する。サンマは焦げるくらいに焼き、柚子果汁などをふって、大根おろしに醤油をたらして食べるのがとても美味しい。佐藤春夫に有名な「秋刀魚の歌」がある。「あはれ秋風よ 情あれば伝へてよ 男ありて 今日の夕餉にひとり さんまを食いて 思いにふける」。ところが最近では、近隣諸国が早くから公海上で漁を はじめ、日本での不漁が伝えられ、男たちも困っている。


イラストレーション:山本重也
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 話題は変わるが、今年の6月に天皇のご退位についての皇室典範特例法が成立し公布された。生前のご退位は光格天皇以来約200年ぶりという。陛下のお気持ちに沿うかたちで決まったようで、国民の一人としてもホッとしている。皇室には多くの祭祀や伝統行事が残されている。秋には皇居内の水田で稲刈りや新嘗祭(にいなめさい)などがあり、天皇は神々に初穂をささげた後、お召し上がりになるという。また鴨猟は皇居外で行われる。筆者は、宮内庁に醤油などを納める会社に勤めていたので、現役時代、たまに皇居に行くことがあった。宮内庁には、千葉県市川市と埼玉県越谷市にご猟場がある。ここで飼育される鴨は国内外の賓客のおもてなしに供されていると聞く。秋になるとご猟場の見学も許される。皇宮警察には、納入業者が集う「友の会」があり、まれに皇居内で鴨料理を御馳走になる機会があった。これは、もちろん渡り鳥ではなく、ご猟場の合鴨であったろう。サービスしてくれたのは皇宮警察の婦警さん方だったので、「おいしい秋」を味わうというより、やや緊張して頂戴した記憶がある。

 千葉県房総半島の先端、南房総市千倉に「高家(たかべ)神社」という神社がある。この神社は筆者が勤めた野田の会社や銚子の子会社との縁も深い。高家神社では毎年10月17日に、「包丁式」という神事がある。ここは、日本で唯一の料理の神様であり、また醤油醸造の守り神ともされる。この儀式では、烏帽子(えぼし)に直垂(ひたたれ)をまとった四条流の調理師が、「刀主」を務める。具材には一切手を触れずに、包丁と箸のみで、鯉、鯛、雉などを捌く。これを全国から来た調理師(板前)たちが、真剣なまなざしで見つめる。ちなみに、平安時代までは宮中の殿上人が自ら包丁をとって鯉など捌き、帝のために料理をととのえたとされる。だから調理というのは神聖な仕事でもあった。この地方は、江戸前の魚もとれ、京都などとともに「おいしい和食」の形成にかかわっていたのでないかと思う。

大森清司(おおもりきよし)

1937年8月千葉県野田市生まれ。1960年中央大学法学部卒業。1960年野田醤油株式会社(現キッコーマン)入社。営業企画部長、デルモンテ事業部長などを経て、1994年取締役就任。2002年代表取締役専務として全国の営業を統括。2010年退職。この間、日本マーケティング協会マスターコースマイスター、全国トマト加工品業公正取引協議会委員長、学校法人中央大学理事などを歴任。著書に『私のビジネス春秋』『春秋余情 私のほどほど人生』『春秋高く、しなやかに シルバー・ボーイズ、ビー・アンビシャス!』(諏訪書房)。趣味は読書、詩吟。

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