ヤキムシ

 小さい頃、「ヤキムシ」が好きだった。それは、母が作ってくれるメニューの一つだった。余り物のご飯をフライパンで炒めたものだ。味付けは塩だったり、ソースだったりする。ときどき、ソーセージの刻んだやつが入る。大きくなって、それは「焼き飯(ヤキメシ)」という名前だったことに気づいたが、小学校四年生くらいまで「ヤキムシ」と呼んでいた。

 幼稚園に通っていた頃、迷子になった。何のきっかけだったか覚えていないが、近所に住んでいた子どもと初めて遊ぶことになった。それが事件の発端だった。その子は一つか二つ、年上だったと思う。その子に連れられて、初めて小学校というところに行った。いつも親には、知らないところへいっては行けないと言われていたが、その子にただ従って付いていった。少しも怖くなかった。小学校のグランドはとても広く、校舎は幼稚園の何倍もある。グランドの鉄棒が手が届かないくらい高い。初めての小学校に喜々として、はしゃいでいたように思う。

 ところが、その子とケンカになった。するとその子はぷいとどこかに行ってしまったのだ。どこだか分からないところに一人残されて、小学校の校舎がのしかかるようにそびえ立って見えた。

 その後のことはよく覚えていない。お巡りさんに連れられて無事に家に帰り、あっけなく迷子事件は終わった。母は家から飛び出してきて、お巡りさんに何度も頭を下げていた。

 家に入ると、テーブルに「ヤキムシ」が載っていた。皿の中の「ヤキムシ」はもう冷めていたが、とても美味しかった。冷めた「ヤキムシ」を夢中になって食べた。どんなチャーハンやピラフも、この日の「ヤキムシ」には叶わない。無事に家に帰ることができて、家のありがたさをしみじみ感じた一品だった。

渥美 誠一

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