母の好きな食べ物

 我が家では、誕生日に限り、それぞれが食べたいものを母に注文することが出来た。60年前のことだから、モノも乏しい時代にあって、それこそ夢のような日が誕生日だった。

 誕生日の1週間くらい前から、「誕生日には、何が食べたい? 去年と同じでいいの? 遠慮することはないのよ」と、母がうきうきしながら聞いて回る風景を思い出す。レストランとか食堂が家の近所になかった訳ではないが、いわゆる外食をするということがない家だった。

 父の誕生日は4月1日で、いつもトンカツだった。厚さが1センチくらいあるわらじのように大きなトンカツを、この日ばかりはナイフとフォークで切り分けながら、おソースをたっぷりかけて食べた。

 二つ上の兄の誕生日は8月8日で、オムライスが好物中の好物だったから、程よい厚さに焼きのばした甘い玉子で具だくさんのチャーハンをくるみ、さらにもう一枚、塩味を利かせた玉子でくるむという、何とも豪勢なオムライスだった。暑い盛りだったが、汗を拭き拭き、大盛りのオムライスを家族全員でガツガツ食べた。

 ボクの誕生日は10月1日で、おはぎが好きだったから、こし餡と粒餡、さらに粒餡をオコワでくるみ、擂り胡麻をまぶしたおはぎの3種を作ってくれるようにお願いすると、そのとおりのおはぎが用意され、大満足の誕生日を祝ってもらった。

 おばあちゃんの誕生日は12月16日で、お魚が好きだったから、舟盛りにしたお刺身が大皿に盛られ、みなでつつきながらおばあちゃんの健康を願い祝ったものだ。

 ところが、好きなものを食べた誕生日のメニューを思い返しているのに、母の好物が思い出せない。6月4日の母の誕生日に、何を食べたっけ。ある年はマカロニグラタンだったし、コロッケだったりと、いろいろな料理が出てきたように思うが、本当のところ、母の好物は何だったのか。

 ボクが大学の3年のときに兄が水難事故で亡くなり、以来、オムライスを作ることはなくなり、その5年後、父が亡くなって、わらじのように大きなトンカツも食卓に乗ることもなくなった。ああ、こうして家族は歳を取り、一人消え二人消えして解体していくのだと気がついた日、誕生日に好きなものを食べるという習慣をもうやめようかと母に言ったことがあった。ボクの誕生日のおはぎが、和菓子屋で買ってきた見た目にもきれいで小振りのおはぎだったからだ。

 そのときの、ほっとしたような母の顔を覚えている。「買ってくるんじゃ、味気ないしね。でも、以前のように味が満足に出来なくなって。そのことが気になってね。そう言ってもらえて、肩の荷が下りたよ」。

 ほっとした顔の母だったが、その母に、「そういえば、お母さんの好物って何だったっけ」と聞く勇気はなかった。せっかく荷を下ろしたばかりなのに、またなにかを背負わせることになる。そう思って聞き出せなかった。

 あるいは、「父さんの好きだったトンカツ、あれが好物だったんじゃない」と、勝手に決めつけてあげればよかったのか、もう30年も前のことながらウジウジと後悔している。

長谷川 智昭

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